
1700
庫裡
元禄十三年(一七〇〇)建立。公家や飛騨代官専用の正門「四足門」が設けられ、飛騨の伝統的町屋造りと書院造りが融合した貴重な建築です。

History & Heritage
飛騨国 徳川家康公菩提寺
Our History
浄土宗 香荘厳院 東林山 大雄寺
天正十四年(一五八六)、豊臣秀吉の命により飛騨地方を平定した初代高山城主・金森長近公は、高山城を中心とした城下町の建設とともに、ここ東山の地に大雄寺を建立しました。
大雄寺はそれ以前、法然上人の直弟子で浄土宗西山派開祖の証空上人を開山とする寺として、国府町上広瀬にありました。その跡は現在も史跡として残されています。
元禄五年(一六九二)、飛騨国が幕府直轄領となって以降、大雄寺は飛騨国の徳川家康公菩提所に定められ、準門跡寺院に列せられました。飛騨郡代参詣の寺院として、家康公の等身大の位牌や肖像画が祀られ、境内伽藍が整えられました。

Main Hall
昭和四十四年一月、大雄寺本堂は火災に遭いました。その瞬間を写した写真に現れた光の柱は、阿弥陀如来の立ち姿そのものとして、当時大きな話題となりました。
以前の本堂は宝暦十二年(一七六二)、飛騨の匠・初代水間相模の作。軒先十五軒四面、うぐいす張りに龍画の鏡天井を備え、一丈六尺の本尊阿弥陀如来像が安置された豪壮な建物でした。
Cultural Heritage

1700
元禄十三年(一七〇〇)建立。公家や飛騨代官専用の正門「四足門」が設けられ、飛騨の伝統的町屋造りと書院造りが融合した貴重な建築です。

岐阜県指定文化財
元禄二年(一六八九)、棟梁・松田又兵衛の作。飛騨地方最古の鐘堂です。明治二年の梅村騒動では、人々が激しく鐘を打ち鳴らしたため鐘胴が割れたと伝わります。鐘は戦時中に供出され、昭和二十二年に現在の梵鐘が開眼されました。

高山市指定文化財
二代目水間相模の作。寛政三年(一七九一)の台風で倒壊しましたが、文化四年(一八〇七)、徳川家の寄進によって現在の山門が再建されました。

1816
江戸末期、紀州の高僧・徳本上人による日本最大といわれる名号石です。文化十三年(一八一六)、徳本上人が飛騨教化へ向かう際、西方の山にある大石を予言し、言葉どおり松倉越後谷で見つかったとの逸話が記録されています。

1700
元禄十三年(一七〇〇)造立。疫病が流行した頃、薬を得られない人々が、仏さまの持つ薬壺を削って飲み、病を免れたと伝えられています。

1895
明治二十八年(一八九五)、空町の大火で焼失した御堂を再建したものです。壁画として祀られていた延享四年(一七四七)作の地獄極楽図は、保存のため現在、本堂内に展示されています。


Niou Guardians
阿形・吽形の二体が、山門の左右から参拝者を見守ります。

1747
延享四年(一七四七)作。かつて十王堂の壁画として祀られ、現在は保存のため本堂内に展示されています。

Temple Garden
四季の彩りを感じながら、心穏やかなひとときをお過ごしください。
Information



